「知らない方がイイ事だらけよ、人生なんて」大人のたしなみ❝戦略的無知❞のススメ

知らない方が良いこともあるよ 心を整える

「知らない方がイイ事だらけよ、人生なんて」

この言葉は、マツコデラックスさんが言われた名言と私は思っています。

「相手のことを知りたい」「どう思われているのかな」「本当の自分って?」「真実を知りたい」

ある名探偵は言う「真実は、いつも一つ」って。。。

真実とはいったいなんなのでしょう?

意味を調べると❝うそや飾りのない、本当のこと。まこと。❞と教えてくれます。

これを知ることって本当に大事なのでしょうか?

私は、その真実と言うモノを知ったところでどうなんだろう?と思ったりします。

正直に言って、知りたくもないことを知ってしまったことで、落ち込んだり、悲しんだり、人間不信の沼にズブズブとはまるくらいなら、知らない方が幸せだと思っています。

今が幸せな気持ちであれば、自らすすんでそんな賭けに出る勇気を持ち合わせていないので。

世の中には「パンドラの箱」があちこちにある

パンドラの箱を開けてしまった女性イラスト

世の中には❝パンドラの箱❞があちこちに転がっています。

パンドラの箱って知ってますよね。

ギリシャ神話に由来する「開けてはならないもの」「触れると面倒くさい事態を引き起こす原因」が入っていて、箱の底には❝希望❞が残されていると言われます。

希望が残されていたとしても実際のところ、その前に出てくる災いや面倒なことや困りごとに翻弄されてしまい、希望どころではありません。

人生なんて、知らない方がイイことだらけ。

もし、あなたが今、何かの真実を暴こうとか、追及しようとか思っているなら、少し立ち止まってみませんか。

あえて見ない、聞かない、深追いしない。

そのように振舞い「戦略的な無知」を使いこなせてこそ、品格のある大人というものです。

人間関係のスパイスは「適度な距離感」と「思いやり」

興味や好意を持つと、相手のことをもっと深く知りたいと思うものです。

相手の好きなこと、好きなモノ、好きな言葉、、、。様々な好きを知ろうとすればするほど、その逆の❝嫌い❞にも目を向けることになります。

それを知ることって、相手にも自分にも幸せなことだとは限りませんよね。

共通の❝好き❞を見つける喜びはあると思いますが、それって日々の中の何気ない時に感じるほうが新鮮で自然です。

密着は「親密さ」ではなく「摩擦」を生むことも

多くの人は、❝仲良くなる=すべてを共有すること❞のように誤解しています。

なんでもそうですが、物理的にも精神的も近づきすぎると必ず摩擦が起きます。

人は見えないだけで、みんなトゲを持っているものです。

お互いにトゲがあるので、近づきすぎると何かのタイミングでトゲが刺さることが多くなってしまいます。

傷つけたくないのに傷つけてしまう。それってどうでしょう?

「適度な距離感」という名の聖域

「何でも話してね」と言う言葉、、、これって時には暴力になることがあります。

だれでも他の人に踏み込んで欲しくない領域や境界線をもっています。

それを察して、そこに土足で立ち入らないようにするのは大人のマナー。

「知らないふり」も距離感の一つ:

だれにでも失敗や隠したいことはあるものです。それをさらけ出すことって本当に必要でしょうか。思いやりってそのようなことは、あえてスルーする「賢い無関心」の方が大切では。

呼吸できるスペースを作る:

24時間繋がっていることが絆の強さではないと思います。相手が楽に呼吸できるようにすることも思いやりの一つでしょう。

「思いやり」ってなんでしょう

「あなたのために」「あなたのためを思って」という言葉で、どれだけ私たちは余計なアドバイスや真実を相手にぶつけてきたことでしょう。

相手を思えば思うほど、無意識に思いやりや優しさを遠ざけてしまうこともあったりします。

本当の❝思いやり❞って、どれだけ言わないようにするかにあると思うんです。

  • 100言いたいところを30で止める:残りの70は、相手が気づくか考える余白
  • 正論は劇薬と知る:正しすぎる言葉は、相手を追い詰めます。逃げ道をつくることも優しさ。

よくよく考えてみると、そのアドバイスって本当に正しかったのかな?って思ったりしませんか。

とくに正論を振りかざしたアドバイスってそう感じることが多いような。

相手の立場や状況に沿わないことが多いなって感じるのも正論を突き付けた時。

正論って❝思いやり❞や❝優しさ❞まで切って捨ててしまう力があるような気がします。

「すべてを知らない」からこそ、相手を尊重できる

相手のすべてを知っていると思った時から、相手への尊重(リスペクト)が失われていきます。

「こんな面もあるだ~」「この人には、こんな一面があるんだ」と感じることは、その人の神秘性を高めることになります。

この神秘性が、❝飽きない❞ことにつながり、相手をリスペクトするスパイスにもなります。

自分自身でも、ふとしたことで「そんな一面があったんだ」と気づかされることってありますよね。

自分自身の心地よい一面に気づくと嬉しくなったりするものです。

自分でも未知の部分があることを理解していると、家族やパートナーは「自分以外の他人」なので、相手の全てを知り尽くすことは難しいことに気づきます。

知り尽くせないから、歩み寄ったり、理解しようとしたりと努力が生まれます。

心地良い「余白」のある関係がいいかも

真実を知ることがすべてではありません。

良い関係性や心地よい人生を送るには、知る必要のないことは知らないままの方が良いことも沢山あります。

知ってしまったがためにギクシャクしたり、より深く知ろうとしたために、お互いを傷つけてしまったり、、、。

いろんなモノやことにはバランスが大切ですが、とくに人間関係には重要です。

「人間関係はスープのようなもの。煮込みすぎ(干渉しすぎ)ると塩辛くなって飲めなくなります」

人生を豊かにするのは、濃密すぎる人間関係でなくて、お互いが心地よい風を感じられるくらいの❝隙間❞がある感じがよいのではないでしょうか。

お互いが「知らない方がイイ事」を大切に抱えながら、そっと隣に寄り添う。

静かであるけど心地よい関係を目指してみると、良い感じに人生を楽しめるように思います。

自分の心を整えるためにも、相手を尊重する意味でも、上手な距離感を保ちたいものです。